気になる他社の取り組み/事例

2024.11.21 12:30

DX事例◎バキュームモールド工業(東京都墨田区)
スキルを習得した現場社員がアプリ開発により業務課題を解決

 バキュームモールド工業株式会社(本社:東京都墨田区)は、プラスチックシートの真空成形用金型や抜型の設計・製作専業メーカーです。創業66年(2024年時点)、現在は弁当パックなどの食品包装容器向けの金型で大きなシェアを占めています。

 プラスチック向け真空成形用金型業界で最大手とはいえ、プラスチックを取り巻く環境は厳しい状況です。その需要がなくなることはないでしょうが、市場は縮小しています。

 そうした環境下にあって、同社ではデジタル・トランスフォーメーション(以下、DX)推進により本業の生産性向上などの改善に取り組むと共に、DXで培ったノウハウをいかした新事業に着手。金型事業に加え、もう一つの事業の柱を立てるべくDXを進めています。以下、同社の取り組みを見ていきましょう。

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バキュームモールド工業では、製造現場でのCAD/CAM活用や工作機械の自動化、基幹システムなど、デジタルシフトを地道に推進してきた

さまざまな業務課題を自社開発のアプリで解決

 DXへの直近の取り組みとして、同社が進めているのは現場の課題解決や効率化を目的にアプリケーション(以下、アプリ)を用いた業務のデジタルシフトです。プログラム知識が不要なノーコード・ローコードツールを用いた自社開発により、いくつものアプリが実際に業務で活用されています。

 例えば、資材調達アプリ「ブッピン」が挙げられます。従来、同社では部品や工具などの資材調達は紙ベース。その業務フローは、物品調達を申請する用紙に記入したうえで上長承認をもらい担当部署へ提出するというもので、別拠点からの調達申請も紙でやり取りされていました。

 こうした仕組みでは手間や時間がかかることはもちろん、申請から納品までタイムラグも発生します。発注漏れがあっても、なかなか気づけません。

 そこで、資材や物品の調達申請を効率化するために開発したアプリが「ブッピン」というわけです。作業現場からスマホやタブレットで申請でき、ユーザーインターフェイスはECサイトや飲食店のテーブルオーダーシステムのような感覚です。資材不足に気づいた際に迅速な調達申請が可能で、発注漏れにも簡単に追加調達できるとのこと。

 上長承認もシステム上で取れるようになっており、注文内容や購入履歴を確認できることに加えて、納品までの状況や時期などもリアルタイムで把握することができます。定期補充するような資材については、QRコードを読み込んで自動発注できるような機能を追加する予定です。

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資材調達アプリ「ブッピン」の画面。必要な資材を選択し申請すると、上長経由の承認を経て担当部署へデータが送信される仕組み

 社内コミュニケーション向けにチャットアプリも開発しました。個々の社員間での連絡や会話はもちろん、グループチャットやプロフィールの設定もできる全社活用が可能な仕様となっています。

 もともと、同社では既存のコミュニケーションツールを使っていました。しかし、ユーザー単位での課金体系であるため、予算の関係からアカウントを増やしにくいという課題を抱えていました。自社開発したことでコストを抑制でき、多くの社員が社内チャットを通じでコミュニケーションできる環境が実現されています。

 また、「データはクラウドへの保存だが、チャットツールとしては社内でしか使っていないのでセキュリティ面を担保できる点でも安心感がある」(製造部 製造本部 係長 技術開発担当の安部勇人氏)とのことです。

 この他にも、アルコールチェック運用アプリや金型管理アプリなどを開発しています。前者は、改正道路交通法施行規則の施行により安全運転管理者によるアルコールチェック義務化の対象範囲が拡大され、同社にも制度への対応が求められるようになったもの。この制度では、さまざまなチェック項目の記録と保存が義務付けられています。

 市販のアルコールチェック運用システムを導入する企業が多い中、同社は自社で管理アプリを開発し、「年間70万円ほどのコスト削減になっている」(安部氏)とのこと。今後、車両管理のシステムとも紐づけるなどブラッシュアップしたいとしています。

 幅広くアプリ開発を進めている同社ですが、驚くのはこれらのアプリはすべて現場の社員が開発していること。外部の既存ITベンダーに頼ることなく、社員がノーコード・ローコードツールによる開発スキルを習得して、自社開発しています。前述の資材調達アプリも、入社5年目の溶接を担当する現場社員が開発しました。

定期的な社内勉強会でリスキリングを推進

 そもそもバキュームモールド工業がDX推進に着手したきっかけは、同社の北澤正起社長がノーコード開発技術をベースとしたデジタル人材の育成事業などを手掛ける株式会社セラピアの田中圭社長に触発されたこと。当初、バックオフィス業務が抱える課題をDXで解決できればと、スモールスタートを考えていたそうです。

 そうした中、セラピアがバキュームモールド工業をパートナーとして申請した墨田区のプロトタイプ実証実験支援事業(デジタル化による区内中小企業の業務改革)に採択されたことを機に、全社規模での取り組みへとシフトしました。

 同支援事業のもと、現場レベルでの生産や業務の改善を目的に製造部門、営業や間接部門など幅広い部署から10名の第一期DXメンバーを選出します。このDXメンバーは、毎週金曜日に約3時間をかけて、セラピアのIT講師からローコード・ノーコードを使うための基礎を学び、さらに現場に必要と思われるアプリを自ら考えて作成。基礎学習から実践まで、約5カ月で前述したようなアプリ開発を実現したわけです。

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DXメンバーは、毎週金曜日に集まりノーコード・ローコードツールを用いたアプリ開発の基礎を学ぶ(写真:バキュームモールド工業提供)
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勉強会では基本を学ぶだけでなく、実際にアプリを開発。現場の社員が開発するだけに本当に必要なものが実用化される(写真:バキュームモールド工業提供)

 墨田区の支援事業が終了して以降、同様の取り組みを社内のDXプロジェクトとして本格的に継続。人材開発支援助成金などを活用しながらセラピアから講師を招き、第二期や第三期のDXメンバーを集めたリスキリングを推進しています。

 さらに、第一期のDXメンバーも引き続きアプリ開発を継続中です。アプリ開発にかける時間を大幅に増やし、部門間をまたぐ全社向けの大規模アプリの自社開発に取り組んでいるといいます。

 墨田区の支援事業が終了して以降、同様の取り組みを社内のDXプロジェクトとして本格的に継続。人材開発支援助成金などを活用しながらセラピアから講師を招き、第二期や第三期のDXメンバーを集めたリスキリングを推進しています。

 さらに、第一期のDXメンバーも引き続きアプリ開発を継続中です。アプリ開発にかける時間を大幅に増やし、部門間をまたぐ全社向けの大規模アプリの自社開発に取り組んでいるといいます。

 同社でDXに向けたリスキリングが成功しているのは、トップダウンによる全社一丸となった取り組みである要因が大きいといえるでしょう。このプロジェクトをけん引した枝松和也取締役は、「最初は従来のデジタルシフトの延長上で考えており、感覚的にはアプリが作れたら楽しそうだから、まずはやってみようという気軽なスタンスだった」と語っています。

 その中、第一期のDXメンバーには社長や役員が期待を寄せる社員を、年齢やデジタル知識などに関係なく各部門から選び、全社的アプローチであることを示唆。開発されたアプリや活動内容などを社内共有する「DX推進プロジェクト発表会」を通じて、全社規模でDXを推進しているというマインドを社内に浸透させています。これにより、繁忙期で本業に追われる時期であっても、上長や同僚の協力を得て時間を捻出しながら、スキル習得とアプリ開発に取り組めたわけです。

デジタルビジネスを事業の第二の柱に

 DX推進に関わる今後の主な展開として、同社では「個人レベルでの業務課題の解決(改善)」や「IT事業への参入」などを挙げます。

 第一期では自由にアプリ開発を行ったDXメンバーですが、以降は会社で必要とするアプリを開発する方向にプロジェクトを体系化しました。第二期DXメンバーは自分の周辺業務をデジタライゼーション(業務プロセスのデジタル化)することが目的に。第三期では各部門の課長クラスを対象にアプリ開発で何ができるかを理解してもらい、その参加者が第四期DXメンバーを選ぶといった取り組みを進めています。

 「全社員というわけにはいかないが、製造業でいう改善的な感覚で、だれでも気軽に必要なアプリを作れる環境を実現したい」と安部氏。確かに、ノーコード・ローコードによる身近なアプリ開発のスキル習得は、それほど敷居は高くありません。このスキルを多くの社員が身に付けることにより、個人レベルで日々の業務をデジタライゼーションすることは可能といえそうです。

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アプリ開発で中心的な役割を担い、自らも金型管理アプリを開発した第一期DXメンバーの安部氏(左)と、プロジェクトを牽引する枝松取締役(右)。製造業では“つくる”ことが好きな社員が多く、モノづくりとアプリ開発には相通ずるものがあるという

 そして、前述したように第一期DXメンバーは、より高度なスキル習得とアプリ開発に取り組んでいます。いずれ「攻めのITを担う部門として独立させることも視野に入れたい」(枝松取締役)とのこと。現状、情報システム部門はありますが、既存システムの運用やメンテナンスに追われており、DXを推進するリソースがありません。

 DXを目的として取り組んだリスキリングのプロジェクトから育成された人的リソースを中心に、DXを実現する攻めのITに取り組む事業ユニットとして位置付けていくことは理にかなっているともいえるでしょう。

 さらに、この取り組みを推進することで「アプリやシステムの受託開発、中小企業のデジタルシフトやDX推進をサポートするといったITビジネスとして事業化したい」と枝松取締役。すでに下請けとしてシステム開発を外部企業から受託して収益化するなど、その端緒を開きました。

 「他の中小企業へも門戸を開いており、DX推進の相談にも対応する意向」(同前)とのこと。バキュームモールド工業は、新たなDXを実現すべく次のステップへと乗り出しています。

ここがポイント!
●プログラミング不要のノーコード・ローコードツールで業務アプリを自社開発。
●現場社員がリスキリングでスキルを習得し、身近な業務課題を自ら開発したアプリで解決。
●リスキリングをDX推進プロジェクトとして体系化。
●自社でのアプリ開発で培ったノウハウとリスキリングで育成した人材を生かしてITビジネスを立ち上げて事業化。

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