佐賀市に本社を置く鈴花は、1900(明治33年)年に呉服店として創業し、現在は九州を中心に西日本で着物の販売などの事業を手掛けています。国内の呉服の小売金額はピーク時から大きく減少。売り上げ維持が難しいとされる中、現場のアイデアをデジタルの力で具現化し、売り上げアップを実現したポイントについて、司令塔を務める有田裕次・総務部・企画部部長DX推進室室長と、開発を主導するシステム課の井上司・係長に話を聞きました。
ベテランのノートが頼り
鈴花は、明治時代に創業して以来、大正、昭和、平成、令和と着物の価値を世の中に伝えてきました。現在は、「呉服業界における西日本一の企業」と呼ばれているそうです。従業員数は、パートとアルバイトを含めて約500人で、九州などで約70の店舗を展開しています。
着物は、かつては日本の生活の中に深く根付いていました。しかし、生活様式の変化に伴い、近年は「着物離れ」が叫ばれています。矢野経済研究所の調べでは、2023年の国内の呉服小売市場規模は2240億円でした。前年に比べて1.4%増となったものの、ピークとされる1980年代の1兆8000億円と比較すると、市場規模は9分の1程度まで縮小しています。
鈴花では、平均年齢60歳超の販売員たちが店頭で接客に当たっています。長年の付き合いがある顧客の好みなどは販売員がノートなどに書き留めていましたが、社内には共有されていませんでした。そのため、高齢化したベテランの販売員が退職すると、顧客のことがよく分からない状況になっていたそうです。そうした業務の属人化に加え、電話とファクスによる非効率な仕事の進め方も課題になっていました。
無料でできるならやってみよう
鈴花は、過去にまったくITを活用してこなかったわけではありません。90年代には、オンプレミスの独自システムを活用し、紙で管理していた売り上げなどの情報のデータ化を開始しました。PCが一般家庭にも普及し始めた頃の話で、井上係長は「業界ではいち早くIT活用に取り組んだ」と胸を張ります。
その後、2015年の経営者の交代をきっかけに、クラウドサービスのコミュニケーションツールである「Skype」「Chatwork」「サイボウズ Office」の利用を始めました。会議で店舗と本部を行き来したり、手書きの日報をファクスで送ったりすることの改善が目的だったそうです。通常であればメールの活用も検討するところですが、有田部長は「元々、メールの文化がない状況だったからこそ、いきなりクラウドサービスでも社内ではすんなり受け入れられた」と語ります。
当時は、今ほどツールの種類はありませんでしたが、どのように選定したかは気になる点でしょう。これについて有田部長は「使えるかどうか分からないものにお金を出すのは難しかった」とし、「とりあえず無料でできるならやってみようという考えで選んだ」と話します。リスクを最小限にしながら業務の改善を進める手法で社内のコミュニケーションを変革していましたが、そのときは「DXという意識は全くなかった」そうです。
胃が痛くなるくらいの苦悩も
とはいえ、着物業界の動向を踏まえると、売り上げ拡大に向けた施策は欠かせませんでした。鈴花は、社内の課題を整理し、解決に着手しました。そうした中、20年に新型コロナウイルスの感染が拡大。顧客との面談ができなくなったほか、展示即売会を開催できなくなり、経営に大きな打撃が生じました。
鈴花は、▽デジタルを活用した新たな顧客体験の立ち上げ▽顧客に寄り添い、顧客の課題を解決するコミュニケーション設計▽内製による顧客電子カルテの開発およびデータ分析―の三つを柱でデジタル関連の取り組みを進めることを決定。佐賀県の補助金を活用して実現を目指すことにしました。
デジタルを活用した新たな顧客体験の立ち上げに関しては、着物版デジタルククローゼットなどの機能を備えるモバイルアプリケーション「和服らいふ」をリリースしましたが、開発にあたっては苦労もありました。当初は取引先だった地元の企業と一緒に開発する計画でしたが、「われわれがやりたいことと、できることのギャップが大きくなった」(有田部長)ため、この企業とのプロジェクトをストップし、別の企業と進めることにしました。途中で方針を転換する決断には「胃が痛くなるくらい」(有田部長)の苦悩があったそうです。
経験を生かして内製化
内製による顧客電子カルテの開発およびデータ分析については、以前、複合機の印刷コストをチェックするため、井上係長が米Microsoft(マイクロソフト)のローコード開発ツール「Power Platform」に含まれる「Power BI」を使った経験があったことから、今回は「Power Apps」を活用することにしました。活用に当たっては、いったんは「Microsoft365」のライセンスの範囲内でできることを進めて、必要な部分は有償版に切り替えるやり方を採用しました。いきなり有償版に手を出さないのは、今までのツールの活用方針と同じと言えます。
内製化した顧客電子カルテでは、顧客の写真や購買履歴などの情報をタブレット端末上で閲覧でき、社歴の浅い販売員でもデータを基にした提案が可能になりました。井上係長は「以前はバックヤードのPCでしかデータを見られなかったが、データを確認しながらデータを確認できるようになったのは大きな変化だ」とアピールします。現在は一部の店舗に導入していますが、将来的には導入を拡大して1人1台を目指す考えです。
このほか、顧客に寄り添い、顧客の課題を解決するコミュニケーション設計の部分では、「LINE」によるマーケティングに乗り出し、情報コンテンツの配信や催事の案内、来店予約の受け付けなどをしています。
前年比5.2%増の売上高を実現
一連の取り組みは、売り上げにもつながっています。23年1~11月の会社全体の売り上げは前年比5.2%増を実現しました。また、入社1~5年未満の社員の売り上げは18.7%増、5~10年未満の社員の売り上げは13.6%増となっており、社歴の浅い社員でも実績をあげられる環境が整いつつあります。
鈴花は、顧客電子カルテの改善を続けたり、DX人材の育成を進めたりするとともに、新たな一手も検討しています。例えば、別々に蓄積しているデータを統合し、それを分析して顧客に価値を提供できるような仕組みを構想として練っているそうです。
中小企業は、大企業に比べて人や資金といったリソースが不足していると言われています。しかし、有田部長は「何もしないよりは、できるところからやってみることが大切で、その際は使う人のメリットにフォーカスすることが重要になる」と強調します。
その上で、DXに関する取り組みを成功に導くためには「会社のことをよく分かっているのは現場の社員。企業として取り組みを進めるためには、現場が中心となってしっかりと現状を把握し、そして課題を整理し、解決として必要ならばデジタルツールを使えばいい」とし、「とにかくやる気があれば何でもできるし、諦めずに続ければ、きっと成果を出せるはずだ」と呼び掛けています。
ここがポイント! |
●無料版の利用でリスクを最小限に。 |
●「やりたいこと」を明確にする。 |
●ノウハウの共有で若年層の売上高拡大を実現。 |
●現場が中心となって現状の把握と課題の整理を。 |
外部リンク
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