デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)やデジタルシフトを推進していくために欠かせない要素はいくつかありますが、“デジタル人材”はDXの成否に大きな影響を与えます。実際、「中小企業でDX推進が遅れている主な理由はデジタル人材の不足にある」ことが、多くの調査結果から明らかになっています。
例えば、東京商工会議所が実施した「中小企業のデジタルシフト・DX実態調査」においても、DXを進めるうえでの課題として、「旗振り役が務まるような人材がいない」や「従業員がITを使いこなせない」といったデジタル人材の不足に関する回答が上位を占めました。特に、この傾向はデジタル化やその活用があまり進んでいない中小企業で大きくなっています。
なお、同調査については「調査レポート◎中小企業のデジタルシフト・DX実態調査」でレポートしているので、そちらの記事を参照してください。
デジタル人材不足の課題解決には、外部リソースの活用が有効な手段とされています。ただし、DX推進に伴うシステム開発やプロセス変革などを丸投げすることなく、自社の業務に精通しITを理解しているというデジタル人材が社内に必要です。そのためにも、社員がデジタルスキルを身に付けるためのリスキリングは欠かせません。
とはいえ、社員がデジタルに関する知識や技術などを習得するためのリスキリングには教育コストがかかることに加えて、本業にも影響してくる可能性があります。
そこで注目したいのが、企業が従業員の職業能力開発を目的に教育訓練を行った場合に経費や賃金の一部が支給される「人材開発支援助成金」という制度です。助成金なので、審査を要する補助金とは異なり、要件を満たせば金銭的な支援を受けることができます。
2024年度は、中小企業(*1)に対して手厚い措置が講じられています。企業が従業員にリスキリングさせる場合の助成措置(単価と上限時間)について、中小企業は大企業よりも高く設定されています。
(*1)中小企業基本法による定義。小売業(飲食店含む):資本金5,000万円以下または常時雇用労働者50人以下/サービス業:同5,000万円以下または同100人以下/卸売業:同1億円以下または同100人以下/その他の業種:同3億円以下または同300人以下
人材開発支援助成金には、受講する対象者や目的などによりコースや訓練メニューが複数用意されており、DX推進を視野に入れてデジタル人材を育成することができるものもあります。以下、詳しく見ていきましょう。
デジタル人材の育成に活用可能な3つのコース
人材開発支援助成金は、厚生労働省が提供する助成金制度です。この制度の対象は、従業員に教育・訓練を行って職場定着率の向上や生産性向上を促し、人材不足の解消につなげた企業などです。
資本金や従業員数などの組織規模に関係なく申請が可能で、前述したように中小企業に対しては手厚い措置が講じられています。
訓練の種類などに応じて同制度では6つのコースが用意されており、企業は訓練に要した経費や訓練期間中の賃金の一部などを助成金として受け取ることが可能です。
2024年(令和6年)度においては下記のコースが用意されており、それぞれのコースにおいて対象となる訓練内容や助成金額、申請方法などは異なります。
①人材育成支援コース
②事業展開等リスキリング支援コース
③人への投資促進コース
④教育訓練休暇等付与コース
⑤建設労働者認定訓練コース
⑥建設労働者技能実習コース
なお、2023年(令和5年)度まで設けられていた「障害者職業能力開発コース」は障害者雇用納付金制度下の「障害者能力開発助成金」へ移行されたため、人材開発支援助成金制度においては廃止されました。
6つのコースにおける制度概要は、下表の通りです。
この6コースのうち、DXやデジタルシフトを進める原動力となるデジタル人材の育成に活用できるのが、「①人材育成支援コース」「②事業展開等リスキリング支援コース」「③人への投資促進コース」です。
訓練を受ける従業員のデジタルレベルやスキルなどにより、活用するべきコースや講座の種類などが変わるため、助成制度の効果を最大化するにはそれぞれの特徴を理解しておくことが必要でしょう。
例えば、①人材育成支援コースの「人材育成訓練」や②事業展開等リスキリング支援コースはレベルやスキルにこだわらず幅広く利用できるので、IT初心者にも適しています。レベルの高さを求めるのであれば、③人への投資促進コースの「高度デジタル人材訓練」などが選択肢となります(下図参照)。
以下、「①人材育成支援コース」「②事業展開等リスキリング支援コース」「③人への投資促進コース」、これらの3つのコースについて訓練メニューや助成率などの具体的な内容を見ていきましょう。
幅広く使える「人材育成支援コース」
人材育成支援コースでは、以下の3種類の訓練が対象とされています。職務に関連した知識や技能を習得させるための10時間以上のOFF-JTによる訓練を対象とした「人材育成訓練」、厚生労働大臣の認定を受けた実習併用(OJTとOFF-JTの組み合わせ)職業訓練である「認定実習併用職業訓練」、有期契約労働者などの正社員転換などを目的としたOJTとOFF-JTの組み合わせた「有期実習型訓練」です。
特に、10時間以上のOFF-JTが条件となっている人材育成訓練は、幅広い訓練に活用できる点で使いやすいものといえるでしょう。なお、人材開発支援助成金制度において、OFF-JTは「企業の事業活動と区別して行われる訓練」と定義されており、人材育成支援コースを含めて他のコースも同様です。
助成率などは下表の通り。通常分に加えて、受講者の賃金を訓練後に5%以上アップさせるといった賃金要件・資格等手当要件を満たすと、助成率や助成額の通常分への加算が可能となります。
助成対象の経費は、事業主がOFF-JT訓練を実施した際にかかった外部講師への謝金や手当、旅費、会場使用料、教科書などの購入や作成費などが対象となります。
また、賃金助成の対象となる従業員の要件として、「訓練実施計画の訓練別の対象者一覧(事前提出が必要)に記載された雇用保険の被保険者である」こと、「訓練を受講した時間数が訓練時間数の8割以上である」ことなどが挙げられています。
「事業展開等リスキリング支援コース」はDXに好適
DXやデジタルシフトの推進に向けたデジタル人材の育成を目的の一つとして据えているのが、事業展開等リスキリング支援コースです。
このコースでは、「訓練時間数が10時間以上であること」「OFF-JT(企業の事業活動と区別して行われる訓練)であること」を満たしたうえで、職務に関連した以下のいずれかに該当することが要件となります。
・事業展開を行うにあたり、新たな分野で必要となる専門的な知識及び技能を習得させるための訓練
・事業展開は行わないが、企業内のDXやグリーンカーボンニュートラル化を進めるにあたり、これに関連する業務に従事するうえで必要となる専門的な知識や技能を習得させるための訓練
新規事業の展開だけでなく、業務効率化も含めたDX推進への取り組みに対する訓練も対象となることが明確化されている点が特徴です。具体例に、ITツールの活用や電子契約システムの導入による社内のペーパーレス化などが挙げられています。
助成額は次の表の通りです。
高度な訓練も可能な「人への投資促進コース」
人への投資促進コースは、デジタル人材や高度人材の育成を主な目的としており、幅広い活用が可能な人材育成支援コースよりも高い助成率が特徴となっています。訓練の種類により、「高度デジタル人材訓練/成長分野等人材訓練」「情報技術分野認定実習併用職業訓練」「定額制訓練」「自発的職業能力開発訓練」「長期教育訓練休暇等制度」の5つに分類されています。
このうち、DXやデジタルシフト向け人材育成に効果的なのが、「高度デジタル人材訓練/成長分野等人材訓練」と「情報技術分野認定実習併用職業訓練」です。それぞれの助成額と助成率は、以下の通りです。
高度デジタル人材訓練/成長分野等人材訓練の高度デジタル人材訓練は、DXを推進できる人材の育成を目的としており、比較的レベルの高い訓練が対象となっています。
具体的には、ITスキル標準(*2)やDX推進スキル標準(*3)のレベル3、またはレベル4相当の訓練に加えて、情報科学/情報工学に関連する分野の大学へ入学(正規課程、科目履修制度/履修証明制度が対象)しての訓練などが対象とされています。
(*2)ITSS。経済産業省が策定したIT人材のスキル体系で、デジタル人材の現状の保有スキルの数値化や、どのスキルを強化する必要があるかなどの把握が可能
(*3)DSS-P。企業や組織のDXの推進において必要な人材を5つの「類型」に区分した定義
また、情報技術分野認定実習併用職業訓練はIT分野の未経験者を対象にOFF-JT(とOJTを組み合わせた訓練に活用することができます。
助成限度額は、1事業所において1年度あたり2,500万円(成長分野等人材訓練は1,000万円)で、受講者1人あたりの限度額は下記の通りです。
以上、人材開発支援助成金のうち、DXやデジタルシフトの推進に向けたデジタル人材の育成に役立つものをピックアップして概要を紹介しました。詳細については、厚生労働省の「人材開発支援助成金」の公式サイトやパンフレットなどを参照してください。
※)制度内容については本稿執筆時点での情報にもとづいています。制度設計や申請方法などについては、最新情報を確認してください。
ここがポイント! |
●厚生労働省管轄の「人材開発支援助成金」は、従業員に教育・訓練を行って職場定着率の向上や生産性向上を促した企業を費用面で支援。 |
●2024年度から、中小企業に対しては大企業よりも手厚い措置。 |
●「人材育成支援コース」は幅広い活用が可能。 |
●DXやデジタルシフトの推進に向けた人材教育では、「事業展開等リスキリングコース」や「人への投資促進コース」がフィット。 |
外部リンク
厚生労働省「人材開発支援助成金」ホームページ= https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/d01-1.html 人材育成支援コース(令和6年度版パンフレット)=https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/001238063.pdf 事業展開等リスキリング支援コース(令和6年度版パンフレット)=https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/001245344.pdf 人への投資促進コース(令和6年度版パンフレット)=https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/001238174.pdf 建設労働者認定訓練コース/建設労働者技能実習コース=https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kensetsu-kouwan/kensetsu-kaizen.html
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