企業がデジタル・トランスフォーメーション(DX)を推進していくうえで欠かせないのが、日々のビジネスや業務を通じて集まるデータです。いかに膨大なデータを収集・蓄積・安全に保存し、そして利活用していくかはDXにおける中核の一つであり課題でもあります。
このデータ利活用において注目されている最新テクノロジーの一つが、「デジタルツイン(Digital Twin)」です。
「科学技術基本計画(*1)」では、デジタルツインは日本のこれからを担う未来社会の実現に欠かせない基盤技術として位置づけられ、総務省が2023年7月に公表した「令和5年度情報通信白書」の第3章第1節の中では、新時代の強靭で健全なデータ流通社会を実現する新たな潮流の一つとして取り上げられています。
(*1)10年先を見通した5年間の科学技術の振興・イノベーションに関する総合的な計画
デジタルツインとは、「さまざまな情報データを3次元モデル化し、これを用いて“リアルな体験のデジタル化”を可能にすること」や、「リアルな現実世界(フィジカル空間)と仮想的なデジタルの世界(サイバー空間)の高度な融合を実現すること」などと説明されています。
要は、現実から収集した情報(データ)を送受信できる仮想空間を作り、この仮想空間上でシミュレーションを行った結果を現実の世界へフィードバックする技術です。現実の世界と仮想空間に、まったく同じ世界が再現されていることからデジタル上の双子という意味でデジタルツインと呼ばれるわけです。
類似の概念に、サイバー・フィジカル・システム(Cyber-Physical System/以下、CPS)があります。デジタルツインを活用したシステムはCPSと呼ばれることもありますが、両者には微妙な違いが見られます。
前述したように、デジタルツインは現実世界(フィジカル空間)を仮想(サイバー)空間に作ること。例えば、東京23区内の街並みをデジタルとしてサイバー空間に再現することです。この際、距離やサイズ、質量といった現実の情報もそのままに、まったく同じ世界が再現されます。このため、現実の世界では難しいシミュレーションも、デジタル空間であれば実行できるというわけです。
一方、CPSはフィジカル空間とサイバー空間の双方向でデータを入出力するシステム(サイクル)、もう少しいえばフィジカル空間から得たデータをサイバー空間でシミュレーションし、その知見をフィジカル空間へフィードバックする一連の流れのことです。
こうした意味で、デジタルツインはシミュレーションを目的としたプラットフォーム的な意味合いであり、CPSはそれを実現するシステムにフォーカスしているといった具合に、目的により呼称が違うといってもよさそうです。
さまざまな解釈はありますが、基本的にはデジタルツインとCPSはほぼ同義と理解して差し支えないでしょう。
IoTやAI、XRなど多様な先進技術の組み合わせ
最近のデジタルソリューションは、さまざまなテクノロジーで構成されていますが、デジタルツインも例外ではありません。むしろデジタルツインほど多様な技術が集約されているものは少ないといってもよいでしょう。その実現にあたっては、下記のような技術が土台となっています。
IoT(Internet of Things)
IoT(Internet of Things/モノのインターネット)は、デジタルツインにおける大事な要素技術の一つです。仮想空間でシミュレーションなどを行うには現実世界からさまざまなデータを収集するわけですが、デバイスやセンサーなどを通じて仮想空間へデータを送信するにはIoTが欠かせません。
人工知能(AI)
デジタルツインではフィジカル空間から取得したデータを仮想空間に取り込んでシミュレーションや分析を行うわけですが、その際に精度を高めたり処理速度をアップしたりといったことでAIは活躍します。さまざまな分野でAIが用いられており、膨大なデータの処理・分析が必須のデジタルツインにおいてもAIは不可欠な技術となっています。
5G/低電力通信
膨大かつ多種多様で高品質なデータをリアルタイムで取得して分析していくためには、高速・大容量の通信インフラが必要です。その一つが、第5世代移動通信システム(5G)です。IoTを介して取得したデータをタイムラグなく速やかに送受信するのに欠かせない技術です。
ただし、すべてにおいて5Gが必要というわけではありません。工場内の機械設備の監視や予知保全システムなどでは、データ取得のスピードや容量はそれほど重要ではありません。こうした環境では、低消費電力で安定したデータ通信が可能な電力通信技術の方が適切であり、Bluetoothのような近距離無線技術も使われています。
RTLS(Real Time Location System)
RTLS(Real Time Location System/リアルタイム位置情報システム)はリアルタイム追跡システムとも呼ばれ、GPSやWi-Fiなどの技術を用いてモノや人の位置や動線を追跡するものです。デジタルツインにおいても、現実世界におけるモノや人に関するさまざまなデータを得るために使われます。
統合プラットフォーム
デジタルツインにおいて、サイロ化(データやシステムの分断)はシミュレーションや分析の精度や確度を低下させます。社内の各部門・部署でそれぞれ独立して使われている機器やシステムを連携し、データの互換性を持たせて、一気通貫でスムーズなデータの流れを実現できる統合的なデータプラットフォームが必要です。
さまざまな部門や部署、組織で生成されるデータを統合プラットフォームに集約することで、サプライチェーン全体にわたってデータを可視化できます。
XR(Extended RealityまたはCross Reality)
現実世界を再現したサイバー空間をどう構成するか、あるいは見せるかといったことも大事な視点です。この意味で、XR(Extended Reality)もデジタルツインでは重要な技術となります。
XRとは、現実世界と仮想世界を融合し、新しい体験を生み出す技術・概念の総称。代表的なものに、VR(Virtual Reality:仮想現実)、AR(Augmented Reality:拡張現実)などが挙げられます。
この他にも、さまざまな技術が使われています。こうした先進技術は進化のスピードも速く、効果的に活用するにあたっては利用する側にも専門知識やノウハウが必要になってきます。それだけに、中小企業にとってはハードルが高く導入や活用には課題もあります(後述)。
デジタルツインのメリットとは
では、デジタルツインのメリットとは何でしょうか。端的にいえば、さまざまな制約から現実世界では実施が困難な検証やシミュレーションなどが行えることです。サイバー空間上ですから、コストや場所といった物理的リソースに縛られません。
例えば、新規プロジェクトを推進するにあたって必要なコストや人数などのリソースを試算することは難しいものです。しかし、バーチャル空間であれば現実世界のデータを取り込んで、さまざまな検証を行うことができるので、より正確な試算をはじき出せる可能性が高まります。
また、製造工程や生産管理などの分野において、リードタイム短縮や業務効率化を可能とします。現実世界の状況をモニタリングすると共に、リアルタイムで収集したデータを仮想空間上で検証することにより、迅速にPDCAを回せるからです。
この他、コスト削減や作業の効率化、品質向上など活用次第で、さまざまなメリットを得られることが期待されます。現在、デジタルツインは主に自動車を中心とする製造業で活用されています。例えば設計開発において、コンピュータ上で模型不要の詳細なシミュレーションにより、開発期間短縮や開発コスト削減などを実現することが挙げられるでしょう。
デジタルツインの進化は産業革命と共に デジタルツインの概念自体は1960年代からありましたが、実用化に向けた取り組みが本格化する契機となったのは、2011年にドイツ政府が打ち出した産業政策の一つ、“Industry4.0(第4次産業革命)”の構想といえます。 Industry4.0は、製造業におけるモノづくりの変革を目指す取り組みで、端的にいえばデータを活用して、製造の自動化、生産性・品質の向上を図る“スマートファクトリー”の実現を目指すものです。この一連の取り組みの中でCPSが導入され、デジタルツインが重要な役割を担うようになりました。 日本では、Industry4.0などの海外の取り組みを参考に、政府の第5期の科学技術基本計画(2016~2020年度)において 「サイバー空間とフィジカル空間(現実社会)が高度に融合した“超スマート社会”を世界に先駆けて実現する」とし、その実現に向けた一連の取り組みを「Society5.0」と呼んで強力に推進することを打ち出しました。 続く第6期の基本計画(2021~2025年度)では、「デジタルツインを構築すると共に、AIを積極的に用いながらフィジカル空間を変化させ、その結果をサイバー空間に再現するという、常に変化し続けるダイナミックな好循環を生み出す社会へと変革していくことを目指す」としました。 こうした流れを鑑みると、デジタルツインは日本のSociety5.0の実現に欠かせないテクノロジーといってもよいでしょう。 |
幅広い業界や業種へと応用分野が拡大
前述したように、デジタルツインは自動車をメインとした製造業の分野で先行活用されていますが、小売や流通、輸送・物流、農業や建設、防災、教育など活用分野は広がりつつあります。具体例を少し見ていきましょう。
農業分野
農業の分野では、構築したデジタルツインのサイバー空間上で生育シミュレーションを行って農作物の生産性向上に結び付けたり、農業用水や肥料の使用量をシミュレーションして生産コストを削減したり、害虫や気候変動などの天候・気候にかかわるリスクを低減したりといった使い方が可能であり、利用が進みつつあります。
建設分野
建設業界では、設計時に建設物の3次元モデルを作成し、その属性情報(建設構造物を構成する部品・材料などに関する情報)を付加したBIM(Building Information Modeling)を活用する取り組みが進んでいます。
地形の点群データ(*2)など、調査段階で取得した情報をBIMとして取り込み、設計・施工や維持管理の各プロセスでデータを活用できれば、業務効率の改善につながります。さまざまな情報を一元化することで、複数の工程を並行して進めることも可能となり、特に大規模な再開発プロジェクトなどでは工期の短縮が期待できるようになりました。
(*2)物体や環境の3次元形状を表現するのに必要な3次元座標と色情報で構成される点の集まり
BIMのクラウド保存で遠隔地からの現場確認や、ヘッドマウントディスプレイなどの装着により没入感のある現場確認が可能となります。また、IoTを活用して現場の地形などを測定して、デジタル空間への再現性をさらに高めるといった具合に、さまざまな活用が進められています。
都市開発
都市開発の事例では、2020年から国土交通省を中心とする官民共同の都市デジタルツイン実現プロジェクト「Project PLATEAU(プラトー)」が挙げられます。
全国の3次元都市モデル(都市空間のデジタルツインデータ)を整備・活用し、オープンデータとして提供するもので、国や地方自治体だけでなくさまざまな研究者やエンジニア、クリエイターなども加わり、“まちづくりのDX”を実現するためのデジタル基盤として整備・活用されているのが特徴です。2027年までに、全国約500都市でデータ整備を実現することが計画されています。
防災・災害対策の分野
Project PLATEAUのような都市を仮想空間上に再現したデジタルツインでは、大規模な地震や火災をはじめ、さまざまな災害を想定したシミュレーションを行えるので、を防災や災害対策にも役立てることができます。
例えば、仮想空間上の都市で人流や空間のデータと組み合わせて災害時の被害を予測することで、避難計画や避難誘導を最適化したり、危険な箇所を特定したりといったことが可能です。
災害発生時の初期段階での対応をシミュレーションして発生時の対応方針を策定する、あるいはセンサーやドローンから収集したリアルタイムの災害情報を連携させて効率的な災害対応を図るといった取り組みも見られます。
また、国交省傘下の国土技術政策総合研究所(国総研)は、豪雨による河川氾濫などの水害対策の一環で、流域治水(*3)のための実証基盤の整備を進めています。仮想空間に流域を再現した“流域デジタルツイン”の実証実験を行うための基盤となるもので、災害対策の効果の可視化や、最新の防災技術を早期に実証し実装する狙いです。
(*3)産官学および周辺の住民ら多くの関係者が協働して、河川の流域全体の災害を軽減させる取り組み
デジタルツインの課題~導入コスト、人材確保~
DX時代のテクノロジーとしてデジタルツインは有用であることが理解できたのではないでしょうか。しかし、同技術には課題も存在します。
最も大きいのは「コスト」です。先進技術や機器などを使うデジタルツインの構築には費用がかかりますし、高精度なシミュレーションの実現には質・量ともに優れたデータの収集と品質の確保が欠かせませんが、規模が大きくなればコストも膨れ上がります。さらに、導入コストだけでなく、導入後の運用コストも考慮する必要があることに加えて、先進技術の進化のスピードは極めて速いだけに陳腐化のリスクを抱えることにもなります。
「セキュリティ」も課題となります。デジタルツインはさまざまな機器やシステムがネットワークを介してつながるだけに、サイバー攻撃に対するセキュリティ対策は欠かせません。システムへの被害もそうですが、扱うデータには機密データなども含まれることがあるでしょうから、十分に注意しなければなりません。
また、デジタルツインを使いこなすには、専門知識や経験を備えたITベンダーなどの専門家のサポートは不可欠。さまざまなデジタルツインのソリューションサービスと共に、サポートが提供されています。
とはいえ、デジタルツインを構築して活用していくには、高度な専門知識やノウハウを備えた人材を社内に確保・育成することも必要です。この意味で、「人材確保」も課題といえるでしょう。
いずれの課題も、中小企業にとって超えるにはかなり高いハードルともいえます。仮想空間における高度なシミュレーションによりビジネス変革を実現できるデジタルツインは注目され、大企業などではますます導入が進むと見られています。
すぐに導入はできないにしても、いずれ中小企業が活用できるプラットフォームが整う可能性も低くはありません。デジタルツインをどう使うか、常に注視しておく必要がありそうです。
ここがポイント! |
●デジタルツインとは、現実と同じ世界を仮想空間上に再現。現実から収集した情報(データ)を仮想空間でシミュレーションし、結果を現実世界へフィードバックする技術。 |
●IoTやAI、VR/ARなどさまざまな先進技術の組み合わせでデジタルツインは実現される。 |
●物理的な制約を超えた、リアルタイムの検証・シミュレーションが可能なことに加え、リードタイム短縮やコスト削減、品質やサービスの向上などの実現が可能。 |
●自動車を中心に製造業の分野で先行活用されているが、導入領域は拡大。 |
●中小企業がデジタルツインを導入・活用するうえでは「コスト」「セキュリティ」「人材確保」が課題 |
外部リンク
令和5年度情報通信白書 国土交通省「PLATEAU」 公式ホームページ

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