百貨店やスーパー、コンビニエンスストア、ホームセンター、ドラッグストア、家電量販店、各種の専門店やショッピングセンターなど、これまで小売業界はさまざまな業態を通じて、消費者の購買意欲に応えてきました。
時代と共に外部環境は大きく移り変わり、バブル崩壊後の不況や人口減少と少子高齢化、コストの急上昇、労働力不足など、小売業界を取り巻く環境は年々厳しくなる一方です。さらに、スマートフォンなどのIT機器の普及に伴い、電子商取引(EC)を手始めにデジタル技術を利用した消費者の購買行動が急増しています。
経済産業省が2023年8月に公表した「令和4年度デジタル取引環境整備事業(電子商取引に関する市場調査)」によると、物販系分野のB to C-EC(消費者向け電子商取引)市場における2022年のEC化率は前年比0.35ポイント増の9.13%、同市場規模も13兆9997億円(前年比5.37%)と増加しています。
しかし、店舗も含めた小売の市場規模は減少傾向にあり、人口減や物価高を背景に今後も縮小していくことは容易に想像することができるでしょう。
実際、矢野経済研究所が2023年6月に発表した「2030年の小売市場に関する調査」では、「2030年には114兆9,770億円と2022年比で約14%減となる」と推測されています。いくらEC化率が増加したとしても、小売市場全体が縮小するのではECだけを強化しても効果的ではありません。
劇的な転換期を迎えている市場環境下、規模の大小を問わず小売業が生き残っていくには、根本からビジネスを変えられるデジタル・トランスフォーメーション(DX)が必要です。この小売業DXを進めるうえで、注目されているのが「オムニチャネル」です。
新たなステップへと移行したオムニチャネル
オムニチャネルとは英語の接頭辞「オムニ(すべて)」と経路を表す「チャネル」が組み合わさった言葉で、「すべての経路」といった意味合いです。
小売業界を中心に広まっている販売戦略の一つであり、実店舗やECサイト、ソーシャルメディアやカタログといった多様なチャネルを統合し連携させることで顧客とのつながり(エンゲージメント)を深化。これにより、顧客満足度などを向上させて売上の拡大を目指す取り組みです。
国内でも、日本オムニチャネル協会が“すべての商流・物流・金流・情報流がつながること”と定義。同協会の理事を務めるオムニチャネルコンサルタントの逸見光次郎氏(株式会社CaTラボ代表取締役)は、「すべての販売・コミュニケーションチャネルを統合的に管理し、消費者にシームレスな買い物経験を提供する全社的な顧客戦略である」と語っています。
オムニチャネル戦略に最初に取り組んだのは、アメリカの大手百貨店「Macy's(メイシーズ)」との認識が一般的。2010年前後のことです。そして、この戦略が広く知られるようになったのは、2011年に全米小売業界が公開した「Mobile Retailing Blueprint V2.0.0」で言及されたことがきっかけとされています。
いずれにしてもその登場から10年以上が経過しており、小売業界の関係者なら言葉自体は耳にしたことがあるでしょう。少し詳しければ「今さらオムニチャネル?」といった声も漏れ聞こえてきそうです。しかし、オムニチャネルが持つ意味合いは大きく進化しているのです。
これまでのオムニチャネル戦略といえば、商品の移動や顧客の利便性を主眼とした顧客起点の取り組みに留まっていました。ECで注文した商品を店舗で受け取ったり店頭で商品を見てオンラインから購入したり、紙のカタログからQRを読み込んで商品を買ったりといった具合に顧客が複数チャネルから商品を購入できる状態をオムニチャネルと呼んでいました。
しかし、オムニチャネルは単に顧客起点での商品流通を基軸としたチャネル論ではありません。その本質は全社規模にわたって展開すべき顧客戦略です。
商品の流れはもちろん、顧客ID(ポイントカードIDやWebサービスのログインIDなど)を用いたデータの詳細な分析により、販促やマーケティングの展開を割り出し、多様なチャネルにわたってシームレスな顧客体験(CX)を提供すると共に、従業員体験(EX)にまで踏み込んだ取り組みが求められるようになりました。
日本オムニチャネル協会がすべての商流や物流だけでなく、金流や情報流まで含めてつながることと、オムニチャネルを定義しているのは、こうした考え方が根本にあるのでしょう。
オムニチャネルの形成は、まさにDX推進
進化したオムニチャネルを形成するには、さまざまなチャネルから発生する商品や顧客IDなどのあらゆるデータを見える化し、一元的に管理することが必要です。さらに、収集され蓄積されたデータは店舗やEC、商品部、企画部などの事業部の壁を越えて組織横断的に全社レベルで管理されなければなりません。
データ管理基盤の構築やシステムの導入などのデジタル技術の活用はもちろん、組織の壁を越えた業務改革、時には企業文化さえも変えていくことが求められます。つまり、オムニチャネル戦略への取り組みは、小売業にとってのDXそのものだといえるのではないでしょうか。
特に、中小企業にとってはオムニチャネル戦略への転換は“第二の創業”ともいえる大きな変革であり、経営者は初めて会社を立ち上げた時のように、将来を見据えて先頭に立って行動するリーダーシップを発揮することが不可欠となります。
それでも厳しい競争環境や多様化する市場ニーズ、不透明な経済環境などの時代のすう勢を鑑みれば、取り組む価値は十分にあるといえるでしょう。
オムニチャネル実現への課題と解決の勘所
DX推進ともいえるオムニチャネルの構築では、やはりDXと同じような課題に直面することとなります。具体的には、横断的組織の実現やデジタル人材の確保・育成などです。
前者でいえば、売上ノルマや評価の仕組みが大きなネックとなります。オムニチャネルでは顧客接点が多様化するため、商品やサービスのクロージングにはさまざまな部門や担当者が関わってきます。
しかし、組織的には店舗部門とEC部門が分かれており、売上予算などの目標は個別に設定されている企業も少なくありません。業績評価などでは、いまだ売上金額が重視される傾向にあります。
この評価体系では、例えば店舗担当者が懇切丁寧に接した顧客がECで商品を購入した場合、実績はECのものとなり、店舗部門は面白くないでしょう。逆もまた然りです。とても組織横断的な協力体制を取れず、オムニチャネルといっても複数のチャネルを用意しただけの従来型と何ら変わりません。
この対策として、逸見氏は「関与売上」という新たな指標を用いた仕組みを提唱しており、その仕組みについて、以下のように語っています。
「関与売上は社内の相互支援を評価するもの。例えばEC事業部においてネット経由での受注が10億円あって、そのうちお客さまが店頭受け渡しを希望され、店舗のPOSレジで売上を立てるものが7億円あった場合、その店舗売上金額の7億円をEC事業の評価としてダブルカウントします。EC事業部は自部門の宅配売上3億円とネット経由受注からの店頭受取7億円を足した10億円をECが関与した売上、つまりEC関与売上として評価する仕組みです」(下図参照)。
あくまでもEC関与売上10億円は評価指標としてのもの。財務諸表上のEC事業部の売上は3億円、ネット経由受注から店舗受取となる店舗売上は7億円です。どれだけ売上に貢献したかが数値として正当に評価されるので、社内コミュニケーションも円滑化し、部門の壁を超えてシームレスな協力体制を築けるといいます。
一方、デジタル人材の確保・育成は小売業に限らず、日本国内全体での大きな課題です。逸見氏は「経営者が斬新な戦略を打ち出しても、先進的なソフトウェアを導入しても、人が変わらなければオムニチャネルは完成しない。成功のカギは人づくり」(逸見氏)と断じています。
デジタル人材の不足が指摘される国内の中小企業に対しては外部ベンダーや支援機関の活用が提言されています。もちろん積極的にサポートを求めるべきですが、ここで留意すべきはプロジェクトの主導権は社内側が持つこと。商習慣や企業文化・風土、現場の経験などを土台としてデジタル技術が加わることで、オムニチャネルはスムーズに形成されるからです。
とはいえ、多くの中小企業ではデジタル技術の活用やデジタル人材の育成にかかわるノウハウや経験を持ち合わせていないのが現実であり、リスキリングなどの継続的な教育は欠かせません。
「我田引水ですが、こうした課題の解決を日本オムニチャネル協会がお手伝いできれば」と逸見氏。「当協会では、会員同士で課題や意識を共有しながら議論を重ねて知見を深められる。オムニチャネルとは顧客を知り顧客ともっと深く関係性を持つための変革であり、当協会はそのための学びと実践を繰り返す訓練の場となっている」と語っています。
共創の場を生み出す日本オムニチャネル協会 日本オムニチャネル協会(鈴木康弘会長)は、オムニチャネル化の実現に向け、「業界の壁を越えた共創の場」の創出を目指して2020年3月に設立されました。 2024年2月時点で会員数は小売や通販、外食、ITベンダー、卸・物流、メーカーなど300社400人を上回っており、今後は金融やメディアといった業種の垣根を越えて参加を促す考えです。また、地域や会社の規模、年代を問わず、大企業から中小、スタートアップ企業、学生など、幅広く会員を受け入れています。 「当協会はオープンな組織であることを特徴とし、その取り組みは極めて実践的。だからこそ、多くの会員や参加者を集めることができているのだろう」(逸見理事)。 現在、CX/SCM(サプライチェーン)/EX/SDGs(サステナブル)の4つの部会をはじめ、セミナーや勉強会、国内外の視察・交流会、地域や学生を加えた活動、さらには年1回のカンファレンス「オムチャネルDay」など多数のイベントを開催しています。 特に一大イベントである「オムチャネルDay」については、2024年3月6日に東京・虎ノ門ヒルズフォーラムで第2回大会が開催され、400人近くに達した前回(2023年3月開催)を大きく上回る参加者が集いました。 2024年度は職場体験中の学生インターンにも討論の場やセミナーに積極的に参加してもらうなど、学生向けの取り組みを一段と強化していく他、部会についても検討テーマの深耕に力点を置いて活動していく予定としています。 |
いずれにしても、オムニチャネルは単に実店舗やECサイト、カタログなどの複数チャネルを用意することから、データを駆使したシームレスなCXを提供する顧客戦略のためのビジネスプラットフォームへと進化したわけです。
顧客戦略を主眼としたオムニチャネルの形成は、もはや小売業だけが取り組むべきものではありません。
「オンラインやオフライン、事業部門や組織、業界などの枠を超えてシームレスに流れが見える化できるオムニチャネルは、顧客戦略を模索するさまざまな業界が導入してよいもの」と逸見氏。顧客との接点(タッチポイント)を拡大・深化させエンゲージメントを強化したいすべての企業にとって、オムニチャネルはDX時代の注目すべきビジネスフレームワークといえるのではないでしょうか。
ここがポイント! |
●コスト上昇や労働力不足、顧客との新たな関係性の構築といった課題を抱える小売業界にとってDXは不可欠。 |
●あらゆるチャネルがつながり、消費者にシームレスな買い物体験を提供するオムニチャネルは小売業にとってのDX。 |
●オムニチャネルは顧客に対して複数チャネルを用意するだけのものから、データを駆使した顧客戦略へと進化。 |
●横断的な組織体系とデジタル人材の育成がオムニチャネル形成には必要。その実現に日本オムニチャネル協会が貢献。 |
外部リンク
経済産業省「電子取引に関する市場調査」のプレスリリース 矢野経済研究所「2030年の小売市場に関する調査(2023年)」のプレスリリース 日本オムニチャネル協会
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