岐阜駅から北にクルマで約1時間。社員数64名(本稿執筆時)の典型的な地方の中小企業ながら、積極的にDXを推進し生成AIを使いこなす企業が本社を構えています。“日本一小さな水回りブランドメーカー”と自ら掲げるミズタニバルブ工業(本社:岐阜県山県市)です。
ミズタニバルブ工業は、創業75年(1951年設立)を迎えた老舗の水栓(蛇口)メーカーであり、さまざまな蛇口を中心に給水や給湯関連製品の企画・設計から製造、販売まで一貫して手掛けています。

その社風を端的に表現するなら、“先進性”と“好奇心”という言葉に集約されます。例えば、蛇口の下に手をかざせば水が出る自動水栓は、今やさまざまな場所に普及しています。実は、この自動水栓を国内で初めて開発したのが、同社なのです。
現代表取締役社長の父親が、アメリカ滞在時に目にした自動水栓に驚くと共に元来の好奇心から興味を持ち、帰国後に地元企業と共同開発。1981年に製品化しました。
市場ニーズを先取りし過ぎたこともあり、わずかな販売実績を残して同分野から撤退しました。しかし、その後、国内でも自動水栓が広まったことを鑑みれば、その先見の明は確かなものといえるでしょう。
差別化のための企業改革
先見性と好奇心という社内文化は四代目となる水谷真也社長のもとでも継承されており、独自の技術と商品企画・開発力を駆使して業界で存在感を示しています。とはいえ、主軸事業の市場ではTOTOやLIXILといった巨大メーカーが圧倒的なシェアを握っています。実際、「売り上げ規模で見れば、当社は業界最小クラス」と水谷社長。「同じ土俵で戦う難しさを、事業を引き継いだときから認識していた」といいます。
そこで、事業領域を洗面空間に絞り込み自動水栓市場へ再参入し、新たに自動水栓手洗器「AWAMIST(アワミスト)」を商品化しました。AWAMISTは、超微細気泡(ウルトラファインバブル)により手の汚れを短時間で洗浄できる設置の自由度が高い手洗器。販売開始がコロナ禍と重なったこともあって、市場での注目度は一気に高まりました。

このAWAMISTをきっかけに、従来の卸や住設メーカーに加えて、工務店や設計事務所といった新たな販売チャネルを開拓するなど、中小企業ならではの機動力をいかした差別化を積極的に進めています。
同社の先進的かつ好奇心旺盛な社風は、こうした製品開発だけでなく、デジタルシフトやDX推進でも発揮されています。多くの企業では「人手不足」や「コスト削減」といったビジネス上の課題解決を端緒にDXは始まりますが、同社では少し事情が異なります。
デジタルシフトやDXは「興味」から始まった
当初、「デジタル技術に特段の関心はなく、DX推進やAI活用に取り組む気はまったくなかった」と水谷社長。転機は、2020年頃に外部ベンダーからRPA(*1/関連記事:「注目テクノロジー◎RPA」)を提案されたことでした。
(*1)Robotic Process Automation。PCによる事務作業を自動化するソフトウェアロボット技術
提案を受けた際は導入の意思はなかったものの、営業担当者の話や営業姿勢からRPAに興味を持ち導入を決断。デジタル人材が不在という状況下、ソフトウェアロボット開発のために社内公募でメンバーを募ります。自ら挙手した社員6名でプロジェクトチームを結成しました。
このRPAプロジェクトでは、55台のロボットを製作・稼働させて業務効率を大幅に改善するなど、一定の成果を上げています。
しかし、RPAだけでは業務によってDXの推進に限界があり、プロジェクトチームからシステムを内製したいとの声が上がりました。内製化は開発の自由度を高めますが、属人化のリスクを伴います。そこで、ノーコード・ローコードツール(*2/関連記事:「注目テクノロジー解説◎ノーコード&ローコード」)の利用を検討しましたが、最終的には自社開発を選択します。
(*2)プログラミング知識がなくても、GUIベースでアプリケーションなどの開発・構築が可能なサービス
この背景には、水谷社長の「地域企業のデジタル化を支援したい」との思いがあります。ノーコード・ローコードは、その利用にランニングコストがかかるだけに、地域企業へのノウハウ提供を展開した際に負担が発生します。「自社開発したシステムを使ってもらえば、クラウド利用料ぐらいで済む」と、内製化に踏み切ったわけです。
これに伴い、社内にデジタル推進室を設置。RPAプロジェクトチームから3名が、そのまま着任しました。プログラミングを学びながらシステム内製化を進めており、未来受注予測システムや自動発注システム、BIツールなどの開発に取り組んでいます。システム内製化の姿勢は、その後の生成AI活用にも大きくつながっていくこととなります。

社内の技能伝承に生成AIを使う
生成AIについても、最初から課題を解決したいという明確な目的があったわけではありません。水谷社長が、講演で生成AIに興味を持ったことをきっかけに、外部のコンサルティング会社との共同プロジェクトとして活用に着手。その後、「どこでAIを活用すれば最も効果が高いか」を検討し、品質管理(製品の故障や不具合の原因調査)に関する技能伝承に着目しました。
この背景には、水谷社長が最も重視する「人を大切にする経営」という理念の存在が挙げられます。それだけに人材募集にも力を入れています。
冒頭で言及した「日本一小さな水回りブランドメーカー」も単なるキャッチコピーではなく、企画から開発、製造、マーケティングまで担うメーカーであることの訴求により魅力を伝え、人材の採用競争力を高める狙いがあります。
実際、人を大切にする考え方の実践や採用戦略は奏功し、求人難の中で地方の中小企業ながら同社では新卒や中途を問わず若い従業員が増えています。65名の社員のうち約半数が20代、平均年齢34.1歳という老舗企業ながら若手中心の組織です。
若手社員が増える一方、顕在化してきた課題が仕事面での経験不足でした。その一つが品質管理。蛇口という製品の特性上、故障や不具合への対応は避けて通れません。多くは部品交換などの対応となりますが、品質向上のためには不具合の原因を特定すると共に、住設メーカーなどの取引先と情報共有するために故障調査報告書を作成します。
品質管理には長年の経験や暗黙知を必要としますが、若手社員には経験による知見が不足しています。経験不足を補完しながら早期に育成しなければ、顧客に選ばれる企業であり続けるのが難しいと常々感じていたそうです。
そこで、この経験不足を補いながら社員を育成するために生成AIを活用できないかと考えたわけです。構築した仕組みは、社内に蓄積されているデータやノウハウなどを生成AIに学ばせ、原因の特定をサポートし報告書の作成を効率化するシステムです。
そのコンセプトは、「生成AIに、知恵と技術と経験の一部を伝承させ、そこに人間の工夫を加えることで事業の継続・成長に結びつける」(共同プロジェクトを担ったHorizon Head & company株式会社の澤村泰一代表取締役)ことでした。
具体的には、過去に積み上げられてきた約300件に及ぶ故障調査報告書を生成AIに学習させ、過去の知見を検索・推論できる仕組みを構築しました。担当者が故障や不具合の状況を入力すると、生成AIが類似事例を抽出して考えられる原因を複数提示します。
また、新たに作成された故障調査報告書を生成AIの追加学習に用いることにより、知見の蓄積にも取り組んでいます。


担当者は、提示された複数案から直接の原因を見極め、調査報告書としてまとめます。従来、経験の浅い担当者による調査報告書の作成では、早い場合でも丸一日を要していたとのこと。それが、この生成AIを活用すると、数十分で完了するケースもあります。ベテラン社員の経験をデジタル化することで、若手でも迅速に調査を進められるようになったわけです。
生成AIに「答え」を求めない
ミズタニバルブ工業の生成AI活用で興味深い点は、「AIに最後まで仕事を任せない」こと。要は、生成AIに「答え」を求めていないことです。一般的に、生成AIは学習を進めていくことで、精度は増していきます。同社でも、チューニングや学習データの蓄積による精度向上には取り組んでいますが、完全自動化は考えていません。
この狙いは、AIを「人の代替」ではなく「人を育てる存在」として位置付けており、教育訓練ツールとして捉えていること。生成AIは原因の候補を提示しますが、最終的な判断はあくまでも人が行うわけです。
「すべてをAIに任せると、人は考えなくなる。AIが8割程度まで支援して残り2割は社員自身が考えることで、知見やノウハウの教育につながる」と水谷社長。「AIは“創造性を広げる道具”であり、“人の能力を拡張する存在”」と語っています。
確かに、効率化を追い求めて自動化を目指すのも一つの考え方ですが、人はAIの指示通りに作業するだけになるリスクがあります。しかし、人に考える余地を残せば、経験の蓄積や成長につながります。ここにも、「人を大切にする経営」という理念が一貫して流れているわけです。
また、生成AIの導入目的を生産性向上やコスト削減に置く企業は、少なくないでしょう。しかし、生成AIのROI(投資収益率)は捉えにくく、業務効率の視点だけから見ると投資効果はマイナスというケースは少なくありません。この点、水谷社長も効率化だけなら投資回収はできておらず、教育用途まで視野に入れることで、投資効果が得られているといいます。
今後、生成AIの次のテーマとして掲げているのが、社内ナレッジをさらに活用した「AI先輩」というシステムです。ビジネスにとって大事な知見やノウハウは、社内外における先輩や後輩など社員同士の何気ない会話から育まれていくもの。そうした会話をデータとして収集・構造化し、だれでも活用できる仕組みを生成AIにより構築すべく取り組んでいます。
大手企業が自社ナレッジを学習させた生成AIを「AI部長」や「AI役員」として提供するサービスもありますが、これを社内ナレッジにより実践しようというわけです。
ただし、前述したように水谷社長は生成AIに答えを求めているわけではありません。助言を求めた際の生成AIの回答に揺らぎが残ることで、若手社員は考えをめぐらし自分なりのナレッジとして昇華させていくわけです。
いわば、生成AIを用いた壁打ち(AIとの会話を通じて思考を深めるプロセス)を深化させる手法ともいえます。
そうなれば、高度なAI環境は不要であり、オンプレミス環境をベースとした自社開発でもプロジェクトは進められます。ここで、社内育成したデジタル推進部門が存在価値を発揮するわけです。
RPAやAIだけではない、現場DXも推進
ミズタニバルブ工業のDX推進はAIの活用にとどまりません。製造現場では15年以上取り組んできたトヨタ生産方式(*3)のデジタル化を進め、そこに人を大切にするという同社の理念を盛り込んだ独自システムによる変革に取り組んでいます。
(*3)自働化とジャスト・イン・タイムの考え方により、よい製品だけをタイムリーに提供すること
その一つが、生産計画管理システムです。同社の製造部門は人的作業がメインとなっています。人による作業では生産スピードにムラが生じるだけに、生産計画を確実に遂行する仕組みづくりが欠かせません。
そこで同社では、従業員に割り当てられた時間ごとの生産目標の進捗を管理すると共に、遅延の発生時に「部品が来ない」「機械の不調」「トイレに行った」といった理由をタブレットで記録できる仕組みを構築しました。これらのデータは日々蓄積され、原因の上位項目から改善する活動を繰り返すことで、遅延が発生しにくくなるわけです。

また、生産にあたっては必要部品のピッキング作業が必要です。従来、紙の支給表を見ながら資材をそろえ、組み立て工程へリリースしていました。しかし、これでは効率が悪く部品漏れも発生します。
これを改善するために導入したのは、バーコードを用いた専用のウォッチ型デバイスです。ピッキングすべき部品や場所、資材が全部そろったかどうかといった一連のプロセスを、すべて手元で管理できます。ピッキングにかかった時間も表示され、目標のサイクルタイムより遅い場合には、生産管理システムと同様に、その理由を記録・改善します。


DX成功の鍵は“人”を中心に置くこと
特徴的なのは、DXによる変革が“人”に主眼を置いた取り組みであることでしょう。DXに取り組む端緒がどうであれ、最新技術を導入すればDXが成功するわけではありません。テクノロジーは、あくまで手段であり、人が使いこなしてこそ業務を変革できるものです。
ミズタニバルブ工業では、改善活動に社員自らが日々取り組んでいます。毎日30分間が改善活動専用の時間枠として就業時間内に確保されており、生産部門だけでなく、営業や開発など全部門で実践されます。同社にとって、DXはビジネス変革を実現するものであると同時に、その取り組みを通じて社風としての改善文化を根付かせる取り組みともいえるでしょう。
社員が自らシステムを開発し、生成AIを教育訓練の道具として使い、改善活動を毎日続けるという取り組みの根底には、前述したように人を中心とした経営理念があり、人を成長させることが企業の成長につながるという考え方が一貫して流れているわけです。
デジタルシフトやDX推進が急速に広まる中、多くの企業では「何を自動化するか」が議論の中心になりがちです。しかし、ミズタニバルブ工業の取り組みは、「人に何を残すのか」を考えることこそ、DX成功の本質であることを示しています。
「人とデジタルがそれぞれの強みを生かしながら価値を生み出す」という同社の姿勢は、多くの中小企業にとって有益な示唆となるのではないでしょうか。
| ここがポイント! |
| ●「人を大切にする経営」を理念として掲げており、この考え方はDX推進の根底にも一貫して流れている。 |
| ●品質管理(製品の故障や不具合の原因調査)に生成AIを活用し、経験不足の若手社員の報告書作成時間を短縮した。 |
| ●生成AIに「答え」を求めるのではなく、揺らぎを残すことで教育訓練、あるいは人の創造力や能力拡張のツールとして利用する。 |
| ●現場でのDX推進では、現場の社員による改善活動を通じてデジタルの業務活用を定着させている。 |
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ミズタニバルブ工業株式会社
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